2018年01月10日 [色々なこと]
健康寿命とExitサルコ
お疲れ様です。院長です。
1月10日の水曜日でございます。
あら。
正月過ぎたと思ったら、もう10日経ちました。
1月も1/3終わったわけで、今年の年末も近付いてきましたね(笑)
なんてまだまだ休みボケが抜けてない院長ですが、さすがにもう10日やしねぇ…。
シャキッと頭を切り替えんとあきまへん。
頑張れ院長(笑)
なんて、やる気のみえない始まりですが、今日も元気にネタに突入です。
今日は久々に、社会派ネタで攻めてみたいと思いますのことよ。
今日のテーマは「安楽死」
これについて、色々考えていきましょう。
なんで、いきなり「安楽死」かって事ですが、少し前になりますが、オーストラリアのビクトリア州で、同国初となる安楽死を合法化する法案が可決されたってニュースを思い出したからでございます。
この法案は、2019年6月から施行される予定で、他人が幇助(ほうじょ)する積極的安楽死が認められることになるそうです。
そしてその発表の数日後、オーストラリアのフィリップ・ニッツチク医師は、何かすごいハイテク機器を思わせる自殺幇助マシーン「サルコ」ってのを発表しました。
これがその姿なんですが…
このマシーンは、最先端技術を駆使し、苦痛なく速やかに逝ける「合理的な自殺」を約束するものだそうです。
ちょっとカッコええな(笑)
用途を考えると笑えませんが、見た目は随分SFチックな仕上がりです。
で、このサルコを開発したのは、ニッツチク医師が代表を務める、自殺幇助推進組織「エグジット・インターナショナル」です。
なんちゅう組織だね(;'∀')
しかも「エグジット(Exit)」って…
シャレがきいてんだかなんなんだか…
で、このサルコですが、マシンのベース部分に人間がぴったり収まるサイズの半透明ポッドが設えられていて、利用者はポッドに入ったらボタンを押します。
するとポッド内に液体窒素が充満し、酸素濃度を5パーセントくらいまで低下させ、1分もすると利用者はほとんど苦しむことなく意識を失うということらしいです。
1分?
長くないか?
1分も酸欠なら、十分苦しみそうですが、そこは技術力でカバー出来てるとの事らしいです。。
こうして速やかな死が訪れた後は、ポッドを棺として利用することも可能だということです。そしてベース部分は再利用されるということだそうです。
まぁ、機械の良し悪しは置いといて、まず安楽死についてですが、これはもう倫理と道徳と思想の領域ですもんね。
わたくし院長は個人的には、本人、および家族が望むならアリかなとは思います。
事情によっては、生きながら辛い状況もあるでしょうし、それによりみんなが喜ぶならいいかなと…
もちろん、日本では認められていませんし、おそらく認められることは当分ないでしょう。
ですが、世界を見ればビクトリア州以外でも、ベルギー、カナダ、コロンビア、ルクセンブルク、オランダではすでに幇助自殺が合法化されています。
アメリカは州によって異なりますが、死ぬ時期や方法を選ぶ権利への支持は広まりつつあるといいますから、いつかは合法化されるんじゃないですかね。
ニッツチク医師自身は、70歳以上の人については法的に安楽死を認めるべきだと主張しており、幇助自殺を推進しておられます。
まぁ、確かに70歳以上ってことになるとその方向でも良いのかもしれません。
ですが、「安楽死」を選択できない人もいるわけですよね。
実は、この「選択できない人」にこそ、家族の負担があったりするんですよね。
またしてもわたしの個人的な意見ですが、やはり自分が自由に身体を動かせなくなり、その命を繋ぐのに例えば高額な費用がかかるとか、必要以上の人的負担がかかるのなら、家族に迷惑をかけたくないと思うと思うんですよね。
ですから、この「安楽死」を心から選ぶと思います。
ですが、いわゆる意思の疎通が出来ない状態になっていたとしたら、選択は出来ませんしね。
本人の同意なく、「安楽死」させるってのはいかがなものかと思いますし、結局ここでまた躓くかなぁと…。
結局、この問題の根本にあるのは、いわゆる「寿命」と「健康寿命」と呼ばれるものの差が、開いてきてるってことなんですよね。
厚生省が2013年に発表した簡易生命表の概況によると、平均寿命と健康寿命の間には、男性で約9年、女性で約13年の差があるそうです。
つまり、平均すると10年位は自力で動くことがままならなかったり、もしくは意識がない状態で生きてるってことなんですよ。
その間、誰かが世話をしなくちゃいけませんし、それは本当に余裕のない人もいて当たり前です。
自殺幇助と安楽死、これらは結論の出ない論争だと思いますが、日本でももう少し考えていかなきゃいけなことかもしれません。
高齢化社会が進むという事は、この健康寿命と寿命の差が広がることを意味してるわけですからね。
これが医学の進歩がもたらした、唯一の欠点かもしれませんね。
ですが、ひとつ。
これから高齢者になっていく我々に出来ることがあります。
それは、死ぬまで健康に生きてやる。
ってこと。
まずは身体を鍛えましょう。
今日出来ることはまずそれだと思います。
では、今日もトレーニング頑張ります(笑)
京都 中京区 円町 弘泉堂鍼灸接骨院
1月10日の水曜日でございます。
あら。
正月過ぎたと思ったら、もう10日経ちました。
1月も1/3終わったわけで、今年の年末も近付いてきましたね(笑)
なんてまだまだ休みボケが抜けてない院長ですが、さすがにもう10日やしねぇ…。
シャキッと頭を切り替えんとあきまへん。
頑張れ院長(笑)
なんて、やる気のみえない始まりですが、今日も元気にネタに突入です。
今日は久々に、社会派ネタで攻めてみたいと思いますのことよ。
今日のテーマは「安楽死」
これについて、色々考えていきましょう。
なんで、いきなり「安楽死」かって事ですが、少し前になりますが、オーストラリアのビクトリア州で、同国初となる安楽死を合法化する法案が可決されたってニュースを思い出したからでございます。
この法案は、2019年6月から施行される予定で、他人が幇助(ほうじょ)する積極的安楽死が認められることになるそうです。
そしてその発表の数日後、オーストラリアのフィリップ・ニッツチク医師は、何かすごいハイテク機器を思わせる自殺幇助マシーン「サルコ」ってのを発表しました。
これがその姿なんですが…
このマシーンは、最先端技術を駆使し、苦痛なく速やかに逝ける「合理的な自殺」を約束するものだそうです。
ちょっとカッコええな(笑)
用途を考えると笑えませんが、見た目は随分SFチックな仕上がりです。
で、このサルコを開発したのは、ニッツチク医師が代表を務める、自殺幇助推進組織「エグジット・インターナショナル」です。
なんちゅう組織だね(;'∀')
しかも「エグジット(Exit)」って…
シャレがきいてんだかなんなんだか…
で、このサルコですが、マシンのベース部分に人間がぴったり収まるサイズの半透明ポッドが設えられていて、利用者はポッドに入ったらボタンを押します。
するとポッド内に液体窒素が充満し、酸素濃度を5パーセントくらいまで低下させ、1分もすると利用者はほとんど苦しむことなく意識を失うということらしいです。
1分?
長くないか?
1分も酸欠なら、十分苦しみそうですが、そこは技術力でカバー出来てるとの事らしいです。。
こうして速やかな死が訪れた後は、ポッドを棺として利用することも可能だということです。そしてベース部分は再利用されるということだそうです。
まぁ、機械の良し悪しは置いといて、まず安楽死についてですが、これはもう倫理と道徳と思想の領域ですもんね。
わたくし院長は個人的には、本人、および家族が望むならアリかなとは思います。
事情によっては、生きながら辛い状況もあるでしょうし、それによりみんなが喜ぶならいいかなと…
もちろん、日本では認められていませんし、おそらく認められることは当分ないでしょう。
ですが、世界を見ればビクトリア州以外でも、ベルギー、カナダ、コロンビア、ルクセンブルク、オランダではすでに幇助自殺が合法化されています。
アメリカは州によって異なりますが、死ぬ時期や方法を選ぶ権利への支持は広まりつつあるといいますから、いつかは合法化されるんじゃないですかね。
ニッツチク医師自身は、70歳以上の人については法的に安楽死を認めるべきだと主張しており、幇助自殺を推進しておられます。
まぁ、確かに70歳以上ってことになるとその方向でも良いのかもしれません。
ですが、「安楽死」を選択できない人もいるわけですよね。
実は、この「選択できない人」にこそ、家族の負担があったりするんですよね。
またしてもわたしの個人的な意見ですが、やはり自分が自由に身体を動かせなくなり、その命を繋ぐのに例えば高額な費用がかかるとか、必要以上の人的負担がかかるのなら、家族に迷惑をかけたくないと思うと思うんですよね。
ですから、この「安楽死」を心から選ぶと思います。
ですが、いわゆる意思の疎通が出来ない状態になっていたとしたら、選択は出来ませんしね。
本人の同意なく、「安楽死」させるってのはいかがなものかと思いますし、結局ここでまた躓くかなぁと…。
結局、この問題の根本にあるのは、いわゆる「寿命」と「健康寿命」と呼ばれるものの差が、開いてきてるってことなんですよね。
厚生省が2013年に発表した簡易生命表の概況によると、平均寿命と健康寿命の間には、男性で約9年、女性で約13年の差があるそうです。
つまり、平均すると10年位は自力で動くことがままならなかったり、もしくは意識がない状態で生きてるってことなんですよ。
その間、誰かが世話をしなくちゃいけませんし、それは本当に余裕のない人もいて当たり前です。
自殺幇助と安楽死、これらは結論の出ない論争だと思いますが、日本でももう少し考えていかなきゃいけなことかもしれません。
高齢化社会が進むという事は、この健康寿命と寿命の差が広がることを意味してるわけですからね。
これが医学の進歩がもたらした、唯一の欠点かもしれませんね。
ですが、ひとつ。
これから高齢者になっていく我々に出来ることがあります。
それは、死ぬまで健康に生きてやる。
ってこと。
まずは身体を鍛えましょう。
今日出来ることはまずそれだと思います。
では、今日もトレーニング頑張ります(笑)
京都 中京区 円町 弘泉堂鍼灸接骨院