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2017年03月31日 [色々なこと]
お疲れ様です。院長です。

3月31日金曜日です。

今週もここまで来ましたね。

そして月末。当院も給料日だったり(笑)

新体制初の給料日なので、給料計算合ってるのかとか(笑)

そんな雑務も多い日なんですが、春の穏やかさが和ませてくれますね。

でも、人にはこの「穏やか」の逆の感情、つまり「怒り」の感情が必ず存在します。

人間関係、仕事、家族、日常生活……あらゆる場面で「怒り」を感じることがありますよね。

怒りのせいで「また失敗した」と感じることも、しばしばあります。

怒りを外にぶつけて、苦い思いを繰り返すか、ぐっとのみ込んで、時間が経つのをひたすら待つか…いずれも、苦しい状態です。

となると、この「怒り」から、もっと自由にラクになれる方法はないものか…

今日はそんな「怒り」についてのお話。


「人生を快適にする合理的な方法」として仏教を説く、独立派の出家僧・草薙龍瞬氏(知らんけど(笑))のブッダ流「怒りの消し方」を紹介します。 


「怒り」は、誰にとっても切実なテーマですよね。その最大の理由は、人間関係に支障を来すこと。自分にとって、ストレス・苦しみになることです。

ですから「怒らないようにしよう」と考えるわけですが、現実には「つい怒ってしまった」「やってしまった」ということばかりじゃないっすか?

私なんかもその一人ですな(笑)

わりとすぐ怒ります(笑)

では、「怒ってはいけない」と頭ではわかっているのに、なぜ怒ってしまうのでしょうか。

仏教流に考えれば、それは「怒りの正体が見えていない」から…なんだって。


■怒りのほとんどは、理由がない

怒りは 「心の反応」のひとつです。そして、往々にして不快な反応です。

その理由は、世間ではさまざまだと思われていますが、仏教的には、実は2種類しかないんだそうですよ。


2種類…


これはまた端的な(笑)


ひとつは「物理的な刺激」によるもの。

たとえば、危険な目に遭ったり、好まぬものに体に触られたりしたときの不快感とかですね。これは、生き物に共通する最も原始的な怒りといえます。

これは分かるよね。

いきなり殴られたり、特に女性なら触られたりしたらそりゃ怒るわ。

で、問題はこの後で、これ以外の怒りは、1種類だけなんだそうです。


つまり「精神的な刺激」による怒りです。

たとえば、嫌いな相手の振る舞いや、思いどおりに進まない現実への怒り、いつ始まったのか自分もわからない慢性的なイライラ…

これらはすべて、肉体ではなく、心が刺激を受けて生まれた反応です。

しかし、まぁ、不思議な現象ではありますよね。

なぜ物理的な接触がないのに、心が刺激を感じて怒ってしまうのわけですから…

 
心が刺激されてしまう理由…そこを突き止めることが、「怒らない方法」の決定的なポイントになるわけです。


まず、大きく2つに分けた「精神的な刺激」からの怒りのタイプは3つあるそうです。

では、そのタイプごとに「怒らない方法」を、まとめてみましょう。


《その1 貪欲タイプの怒り》


ひとつは、「貪欲」つまり “欲求過剰”(求めすぎ)な精神状態からくる怒りですって。

たとえば「もっと高く評価されたい」「もっと業績を上げたい」「もっと早く、もっと高いスコアで試験に受かりたい」といった願望です。

人間関係で「あの人とは話が合わない」「わかりあえない」という不満・ストレスも、意外かもしれませんが、貪欲タイプの怒りだったりするそうです。

つまり、相手に「わかってほしい」「こうあってほしい」「味方でいてほしい」という過剰な期待や要求が、そうはならない現状に「怒り」をつくり出していると…

なるほどね。ま、確かにあるわね。

では、こうした求めすぎタイプの怒りは、「私が求めすぎているんだな(欲求過剰なんだな)」と客観的に理解することが、コツになってきます。

というのも、求めすぎている精神状態では、何も変わらないからね。

他人は、自分以上に変わりにくい(期待できない)相手なので、そのままでは、不満も相手との衝突も続いてしまうわけです。

そこで、求めすぎている状態に気づいて「考え方を切り替えよう」と考えます。

「自分に今できることは何だろうか?」と、自分に聞いてみるのです。

体を動かす作業。自分の役割。自分にとって有意義で、楽しいこと。できることは、意外とたくさんあるはずです。

自分の持ち分・領域のほうに心を向けることを基本とするわけですね。

こうした心掛けを、仏教の世界では「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」と表現するそうです。反応するより、自分の足元をよく見よう、という意味ですな。


《その2 怒りタイプの怒り》


ふたつ目は、「怒り」がつくる怒りです。奇妙な言い方ですが、「すでにある怒りが、あらたな怒りをつくり出している」状態ですね。

たとえば、過去にイヤなことがあって、怒りが残っていたとします。すると、心は、持続する(執着する)性質を持っているので、その怒りで別のことに反応しようとします。

その刺激となるのが、「不快な過去の記憶」や「他人の欠点」や、「これは許せない」と思える世間の話題です。

これらに反応して、新たな怒りをつくり出すと…

これは、いわば「怒りの自家発電」みたいなもんです。

過去の怒りをエネルギーにして、新たな怒りを生んでいる状態です。

「怒りっぽい人」というのは、その一例です。理性では「怒ってはいけない」と思いつつ、心に残っている「怒り」でつい反応してしまうのです。

これも、何となく分かるなぁ…(笑)


この怒りにも「心の理解」から入ります。「過去の怒りが残っている。でも今は関係ない」と、はっきり自覚するのが大事なんですって。

心にくすぶっている怒りは、今とはなんの関係もありません。

心にとどまっている「感情の残りかす」みたいなものですから…

「この残りかすの怒りだけ、解消すればいいんだな」と考えましょう。

そのうえで楽しいこと、たとえばスポーツとか、食事とか、気の合う友だちと飲みに行くことなどに時間を使って「怒りのお掃除」に努めると。

このタイプの怒りで大事なのは、後で「思い出さない」ことだそうです。

過去の怒りは、過去のもの。思い出すだけ、自分がソンです。そこで「過去の怒りを、今怒る理由にはしない。忘れていい怒りなのだ」

と、言葉にして(念じて)みましょう。なかなか消えない怒りもありますが、そうした怒りがぶり返すごとに、正しい言葉で切りすてるわけですね。

まぁ、これもたしかにそうだわ(笑)


《その3 妄想タイプの怒り》


もうひとつが、「妄想」が生み出す怒りです。妄想とは、現実に存在しない、頭の中にしかない思いのこと。

この妄想が実に厄介、しかもバラエティに富んでいます。

たとえば、イヤな過去を思い出して、怒りを再発させる。

これは、先ほどの「怒りタイプの怒り」ですが、最初の怒りを長引かせてしまうことに力を貸しているのが、「記憶」という名の妄想です。

また、人がよくやる良しあしの「判断」。つまり「自分は正しい。相手が間違っている」という思いや、他人と比較したり優劣・勝ち負けにこだわったりという心理も妄想にあたるそうです。

さらには、怒らなくてもいい(怒ってもしようがない)ひとごと、たとえば世間をにぎわす事件や話題に1人で憤慨している状態も、妄想して怒っている状態なんだって。

つまり過去も、判断も、ひとごとも、心の状態としてみるなら「妄想」になるわけやね。

これにとらわれると、暗い怒りが募っていくわけです。

「小さなことに腹が立つ」「なぜかいつもイライラしている」「最近楽しくない」と悩んでいる人は大勢います。

こうした怒りの根っこにあるのは、妄想ってことになりますね。

まぁ、これは一番分かる気がする…

自分で勝手に、悪い方向に考えてその中で怒りを増幅させると…

ありがち(笑)

では、妄想への対策としては仏教の世界にはたくさんあるそうです。今回は、なかでも決定的に大事な心掛けを、ひとつ紹介しましょう。

それは「事実と妄想は違う」

という理解です。これはシンプルですが、革命的な力をもった理解ですって。

事実とは、妄想の外にあるもの。いわば、脳の外・自分の外に客観的にあるものです。

今目の前にあるもの…

その相手や、家族や同僚やモノや職場は、自分の妄想以外のところに存在している事実(リアル)です。

これに対して、頭の中で言葉で考え、映像で見るものは全て妄想なわけです。

この妄想が消えるとどうなるでしょうか?  

すると、妄想が作り出す怒りも消えてしまいます。

たとえば、人間関係で考えてみます。相手がこちらに視線を向けてきた、イヤミを言ってきた、非難・中傷をぶつけてきた、としましょう。

ここで反応すると瞬時に妄想にのまれます。つまり記憶に刻んで、思い出して相手を裁いて攻撃してという精神状態に陥ります。

これが、妄想が作り出す怒りです。

では「事実確認にとどめて、決して妄想しない」という態度ならどうなるでしょうか。

求めないし、思い出さないし判断もしないとしたら? 

そのときは、「相手の言っていることは、理解できます(でも反応しません)」という態度に変わります。

もちろんなかなか難しいことです。でも、妄想さえ捨ててしまったら、多くの怒りは消えてなくなるってわけですな。


では、興味深い例として、『原始仏典』という古い仏教書のエピソードを紹介しましょう。

ある日ブッダは、嫉妬に駆られたバラモンにさんざん悪口をぶつけられるという災難に遭遇しました。

周りの人は青ざめたり、激高したりと、騒然となりました。

でも、このときブッダが返したのは、意外な言葉でした。

「あなたがふるまったごちそうを客人が食べなかったら、その食事はあなたのものになるだろう」と語りこう続けたのです。

「私は、あなたが差し出す食事(つまり怒りの言葉)を受け取らない。だからそのまま持って帰るがよい」


平たくいうと、「あなたが食べるのは、あなたの自由だけど、私は食べません(反応しません)よ」というのです。んん〜…実に合理的で明快な返し方ですな。

確かに外の世界も他人も、いろんなことを言ってくるし、よからぬ考えを向けてきます。

でも、それに反応したら、自分の中に苦しみが生まれると…

その苦しみを長引かせるのが妄想です。ひとの心には記憶や良しあしの判断、先行きへの不安や心配、社会にあふれる情報や話題など、妄想する材料はいくらでもあります。

しかしそのままなら、怒りは、いつまでも続くことでしょう。

だからブッダに学んで、「怒りをつくっている妄想に気をつける」のです。

そこでこんな心構えで日常を過ごしてみましょう。難しいですが練習として…


・外の世界・相手に、妄想から入らない。「期待」や「判断」に走らない

・そうした自身の思いに、「これは妄想」とまずは気づく

・不愉快な相手には、「あなたにとっては、そうなのですね(理解はできます)」という立場に立つ


妄想せずに、理解から入るように練習するのです。相手に対してもどんなときもです。


「でも、そんなこと口に出したら、余計に怒られます」と言う人がいます。それはそうです(笑)。心の中でやってください。

また、期待も求める心も妄想も、決してマイナスだけではありませんしね。

やる気につながったり、仕事や人間関係に改善をもたらしたりとプラスに働くこともあります。

ただ確実に必要といえるのは、問題が起きたときの「心の使い方」なのでしょう。

その点で、2500年の蓄積をもつブッダの知恵を、生かさない手はありませんよね。

怒りをつくっている本当の原因に気づいて、正しい心の使い方に戻ること。

こうした心掛けで暮らしていけば、小さな怒りを引きずることは減っていきます。

やってソンはありませんよね。

練習次第で心は変えられますからねと…

いかがです?

わたしはいつも怒ってます(笑)

なので、こういった話は実に響きます。

怒りはマイナスですからね。

マイナスは持ってても得はほんとにありません。

てことで、毎日をプラスに生きてくためにも「怒り」は必要おまへんな(笑)

ではまた〜




ikari




京都 中京区 円町 弘泉堂鍼灸接骨院

2017年03月30日 [色々なこと]
お疲れ様です。院長です。

3月30日木曜日です。

木曜日、休み明け…

でも頑張る(笑)

そろそろ桜も微妙に咲だし、わたしの生活圏内でも、何となく人出が激しくなってきた気がする春うらら。

にしちゃ、まだ寒いなぁ…

でも、今週末辺りから、花見も賑わいそうですよね。

一年で一番のんびりした感じの季節なんですが、実は春にはストレスが多いんですよ。

単純に花粉が飛ぶとかってこともありますけど、やはり「新」ってつくことが多い季節ですから…。

新学期、新年度とまぁ4月はスタートの月です。

そして、新しい事には当然期待もありますけど不安もある…

そして全てがうまくいくわけじゃ当然ありません。

そういった日々の中で、人間って生き物は常に「選択」をしながら生きてます。


例えば今日着る服や食べる物など個人的なことから、友人関係、恋人や夫婦関係、また組織内に所属しているのなら様々な業務にかかわることなどなど。

あまり考える時間がないのに決断を下した場合などは、本当にこれでよかったのかと悩んじゃったりしますよね。

ですが、数日もしくはもっと前に決めたことなのに、いつまでもそれでよかったのかとクヨクヨしてしまう、いつまでもそれをひきずってしまう…

これを、単なる優柔不断と切り捨ててしまうのは簡単ですが、そこにはこんな現象が隠れているんだぞって今日のネタ。

それは、FOBO(Fear of a Better Option)と言って、まぁ簡単に言えば、自分が良い選択をしなかったことを過剰なまでに恐れることを指すんですって。

最新の研究によれば、完璧な選択を過度に求めような人に一般的な現象で、こうなると選ばなかった選択肢についていつまでも気に病むようになると…

FOBOは不満や後悔を抱かせ、そして決断の結果ではなく、決断のプロセス自体が健康や幸福感に悪影響を与えるようになるという、また新種(笑)の精神的状態のようですな。


これは、カナダのウォータールー大学の研究チームが一連の実験を実施し、予備軍タイプの人を調査しました。

この場合の予備軍とは、意思決定の際、絶対的に最高の選択肢を見つけるために広範な調査を行う人(笑)だそうです。

絶対的に最高の選択肢を見つけるために広範囲な調査…

かなり大層な言い回しですが、結構身近なところで、例えばランチを注文するためにメニューを3回読み返したり、旅行先を決めるために世界中のあらゆる旅先を検討したりするって事のようです。

まぁ、確かに周りから見てこの「決めきれないタイプ」の人って確かにいますよね。

食事一つとっても、なかなかメニューを決められない、もっと言えば食後に、紅茶を飲むのか、コーヒーを飲むのかでも迷ってしまうタイプ。

わたしなんか、真逆ですぐに何でもいいわ。って思っちゃう(笑)

よくある「今日、何が食べたい?」→「なんでもいいわ」ってヤツ(笑)

女性うけはかなり悪いです(笑)


てな、ことは置いておいて人は決断する決め手となるものが各々あって、それによりタイプ分け出来ると…

まずは「プロモーション重視」タイプ。

このタイプは、経済的・社会的なことなど、最大の利得が得られる選択を求めるわけです。

まぁ、比較的簡単ですよね。要するにどっちが(自分にとって)より得かで判断するわけです。

実験では、このタイプの人はかなり決断が速く、その選択に満足し、後悔することも少ないことが明らかになっているんだって。

なるほど。

これは選択的にも良くあると思います。

主婦の方なんて、野菜やお肉を買う時、こうやって決めてんじゃないんですかね?

量と質のバランスと、目的に応じて一番のものを選ぶと…


また別のタイプが「評価重視」タイプだそうです。

選択肢を吟味し、他人ならどうするだろうか、友達にどう見えるだろうかといった様々な要素を考慮してしまいます。

このタイプは選択肢を何度も何度も検討し、すでに捨てたはずの選択肢も反芻するっていう、軽い無限ループにはまります(笑)

こういった人の思考は「正しいことが分かるまで何もしたくない」という感覚なんだそうで、常に正解を求めてしますわけですね。

しかも、たちの悪い事に、この決定に他人の情報が入ってくることですね。

つまり、人がどう思うかとかそれこそ、先ほどの主婦の買い物の例でも、これを買って夫は、子供はどう思うかとか…

こっちのタイプがいわゆるFOBOになりやすいわけですな。

もちろん、役に立つときもありますけど、いつまでも評価を繰り返して、決断できない状態に陥ってしまうわけですから、本人的にもしんどいよね。

しかも、こうした習慣があると、実際に選んだ選択を楽しめなくなるばかりか、うつや物事の先延ばしにもつながります。

確かに人間、決めれないと前には進めませんよね。

決断する。決めるって感覚から、そこを継続しよう、頑張ろうってなるもんですもんねぇ…

つまり、決めたことにいつも不満を感じたり、後悔していたりすると、人生の満足感が低下するといった非常に悪い影響が出てしまうわけですね。


では、どうすればFOBOを避けられるでしょう?

以下にその方法が記されてますので、まぁ参考程度に見てみて下さいよ。


1.消去法を使用する

決断するときはあらゆる選択肢を導き出す。そして良くないと思ったものを外していく。そのときに役に立つのは自分の直感です。なんとなくいやが予感がするという感覚はわりとあてになる。

分かる分かる。わたしなんか、基本直感(笑)てか感性で選んでしまったりするもんで、逆に後悔しますけど(笑)


2.評価基準を作り一度選んだらあとは忘れる。

★5つ評価などの「十分満足できる」の基準を採用してみましょう。満足できる最低基準を考えて、それを上回る選択肢を探すと…

そして、それを選んだらあとは忘れましょう。決定を単純化すれば、もっと重要なことに時間を使うことができますからね。

これも大事ですね。最低限これって基準があれば、それに満たない場合、削除対象にすればいいんですから…


3.決断までの時間制限をもうける

それでもダメなら、制限時間を設けてみましょう。もっといい選択があるはず、とできるだけ決定を遅らせようとする傾向があるようですから…

一見、スマートに思えるが、それは彼らが「でももし?」と考え続け、堂々巡りを繰り返しているということですからね〜。

例えば「旅行のツアーについて30分だけ調べる」といった具合に決めてしまう。そしてその制限時間内で最良のチケットを購入し、次のことを行うと…

意思決定においては、時間もまたコストですからね〜。その時間はもっと大切なことを決定するために使うべきって考えやね。
 

とまぁ、こんな感じなんですが悩もうが悩むまいが、結果って結局後悔する時はしますよね?

どんな考え方をしたって、その「決断」が最良かどうかなんて、誰にも分からないですし、きっと答えは出ないですよ。

でも、一番大事なのは、自分の決断について、ずっと気分良くいられることでしょ。

決断をするということは覚悟を決めるということですから、そこは気分よくいかないと…

例え最良の選択ではなかったとしても悔やんでいる時間はもったいないのかもしれませんよね。

なぜなら人生は選択の連続で、次に決断しなければならないことはもう目の前に来てますから…

考えすぎず考える…

なかなか奥が深くて、難しい問題ですけどここをうまくクリアする人って、とにかく幸せを感じやすいんじゃないですかね。

だって、幸せかどうかなんて他人が評価することじゃないですからね〜。

って、今日はなかなかなお話でした。

では、今日も一日みなさん、サクサク決断して下さい。

ではまた〜





yu





京都 中京区 円町 弘泉堂鍼灸接骨院

2017年03月29日 [色々なこと]
お疲れ様です。院長です。

3月29日水曜日です。

3月ももうすぐ終わりですねぇ〜…

3月新体制に入って、最後の水曜日ってことになりますね。

っつうことでお休みなんですが、わたくし的に水曜日の休みは、出来るだけ本来の生活習慣の中で活動するように努めています。

なので、ジムにも行きますし、食事もいつもどおり、サプリメントもいつもどおり摂ります。

で、それなりに活動して夕刻以降、少し早めに就寝体制に入るようにしています。

なので、少々早めに夕食と言いますか、わたしの場合飲酒するわけですが、この時いつもなら時間も時間ですし、コンビニで適当に何か買ってつまみます。

ですが、休日の場合、やはりいつもと違うものが食べたいなぁと…

でも前にも書きましたが、一人だとなかなか行けるとこも限られてますんでねぇ…

とかって前置きはこんなもんで、今日のネタはまぁ比較的どうでも良い話(笑)

比較的と言うより、ほんとにどうでもいい話なんですが…

前に「最後の晩餐的な」ってこのブログにも書いたんですが、人生最後に何食べたいですかってアレね。

答えは「お寿司」だったんですけど、今日はそのお寿司のお話。

お寿司を注文する順番にこだわる人は意外に多いらしいんですよね。

で、ネットに統計が出てたんで、それについてあれこれ言うたろかと…


【最初に頼むネタランキング】

1 まぐろ赤身
2 サーモン
3 あじ
4 いか
5 中トロ
6 エビ
7 はまち
8 大トロ
9 えんがわ
10 いくら

わたしはどうでしょう…

全く決まってませんし、想像もできませんね(笑)

その日の気分と言うかねぇ…

まぁ、お寿司といえば、基本回転している寿司が多いんですが、それ以外の回転していない寿司に行った場合、まずお寿司って食べませんよね?

飲みながら、なんか刺身盛り合わせとか食べてウダウダ飲んで…

最後になんかつまみます。

もう酔ってるので、全く基準がない。

どころか、先日も寿司屋いきましたが、結局寿司を食べてない(笑)

で、回転してる場合、大体お腹が減ってるので、回ってきたヤツをまず食す(笑)って感じ。

では続いて、締めに関しては…


【最後に頼むネタランキング】

1 玉子
2 サーモン
3 あなご
4 まぐろ赤身
5 うに
6 大トロ
7 いくら
8 中トロ
9 鉄火巻き
10 えび

はい。もっとどうでもいい(笑)

一般的に、食事を取る場合、まず味の薄い淡白なものから食べる方が、味を感じやすいといいますよね。

ですから、寿司の場合、白身とか玉子とかからスタートして、赤身とかトロ、それから煮アナゴとかいくらとか、あじの濃いものへと移行するのがいいんですが…

ま、好き好きだな(笑)

でもそう言っちゃ身もふたもないので、今回のランキングの場合、多くの方がマグロ赤身スタートの玉子締めと。

ん〜…

やっぱりどうでもいいな(笑)

ま、休日なんでね。

時には意味のない事に時間を費やす余裕っていうのも必要ですよね。

なんて、よくわからない終わりですが、あすからの活力を今日はためさせていただきます。

あ、お寿司はたべませんけどね。

ではまた〜




susi




京都 中京区 円町 弘泉堂鍼灸接骨院 

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